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鈴木ひろ子

こんにちは鈴木ひろ子です。

2004年12月12日発行
第249号

suzuki@jcp-shinagawa.com

無料 法律・生活相談会
日時:2020年6月24日(水)17:00〜
会場:鈴木ひろ子事務所 中延2-11-7 3783-8833
弁護士さんが対応します。どんな問題でもお気軽に。


体験者の思い深く胸にきざんで…
世代を越えて平和を誓う
「戦争体験を聞く会」に40人が参加

 憲法9条をなくそうとする動きが強まっているときだからこそ、「戦争体験者から次の世代へ戦争の悲惨さ、平和の尊さを伝えてゆきたい」と若者と一緒に企画から取り組まれた「世代を越えて『戦争体験を聞く会』」。20代の青年から高齢者まで文字通り世代を越えて40名が集まりました。体験者の話は胸に深く響き、あらためて「戦争はだめ」「9条をなくしてはいけない」との思いを強くしました。

 初めに3人の方から戦争体験を語っていただきました。

 「50日間歩き続け目的地につけたのは3分の1」

 陸軍歩兵として中国に出兵したIさん(79歳)は「敵より上官のほうが怖かった。ボタンひとつ止まっていないだけでビンタ。それが半端じゃない。軍靴の靴底でたたかれ、1週間腫れが引かないほど。南京から50日歩き続け目的地に着いたときは、3分の2が落伍。死亡原因は下痢。自分自身35kgになっていた。侵略軍とは攻めていって奪うもの。なんでも略奪する。イラクで住民を虐殺するのがよくわかる。恐怖で動くものは何でも撃つ。軍隊が銃を構えた向うでいったい何が起こっているかを考えることが必要」と話されました。


(戦争体験者の話に聞き入る)

「今のすいとんはおいしいねー」

「その犠牲の上に平和があることを忘れないで」

 中延のOさん(71歳)は「東京大空襲で家族5人といとこを亡くした。姉と一緒に空襲の前に茨城に疎開した。両親と妹は、『ぐるりと円状に焼夷弾を落として逃げ場をなくされ、仕方なく父が川に飛び込み母親から背中の妹を投げさせたところで川にガスが流され一面火の海になって焼け死んだ』と聞かされた。いったいどんな思いで死んでいったのか。その後は疎開先でいじめ抜かれた。お腹すいたといっても食べさせてもらえない。しょうがないから生の落花生を盗んで食べた。親のない子のつらさは筆舌にすくせない。そういう孤児を生み出すのが戦争。だから反対なんだ。その犠牲の上に今の平和があることを忘れないでほしい」と訴えました。

「戦争は突然起こったのではなくじわじわと進められてきた」

 西中延のHさん(72歳)は、昭和1年から終戦の20年までの年毎の出来事や流行歌、映画などをたくさんの資料からまとめとても参考になる資料集を作って下さいました。「戦争は突然起こったのではなくじわじわと進められてきた。思想、学問の自由が弾圧され、教科書も『兵隊進め』と変えられた。富山県に学童疎開し、2週間ナスばかり食べ、ナスは今も食べられない。平和の和の禾へんは五穀の意味。平和とは国が食べることを平らに永遠に保証することではないか」と話されました。

 会場からも「爆弾を落とされて瓦礫の下に埋められた。母親に会いたい、おとっつあんに会いたい、その一心で何mも埋もれた瓦礫の中から這い出てきた。戦争がどれだけ悲惨なものか。戦争だけはやってほしくない」「昨日結婚したばかりなのに奥さんを置いていかなければならない、年老いた親を置いていかなければならない。これが戦争なんだ」など様々な体験や思いが話されました。

「昔のすいとんはこんなにまずいの」

 休憩時間には昔と今のすいとん食べ比べ。「昔のすいとんはこんなにまずいの」「いやもっとまずかった」「それに比べて今のすいとんはおいしいね」とおかわりをして食べていました。

 会には秋田かくお都議とふじた美佳さんもあいさつにかけつけました。